斎藤春香ソフトボール監督、「結婚よりも“金”が先」 信念のじょっぱり

　
　「辞めるのは簡単。辞める前にもう一度、努力というものをしてから辞めなさい」。シドニー代表だった石川多映子さん（３２）を救ったのは、所属チームの先輩、斎藤春香さんが話してくれたこの言葉だった。

　アトランタの代表落ち後、石川さんは練習に身が入らなかった。「引退」が頭に浮かぶ。たった一回の挫折ですべてを投げ出そうとしていた石川さんの胸に、斎藤春香さんの言葉は深く突き刺さった。

　「もう一度努力しよう」

　斎藤春香さんに鼓舞された石川さんは、五輪出場へ向け、練習を再開した。４年後のシドニー予選リーグの米国戦。米国の連勝が１１２でストップしたこの歴史的一戦のマウンドには、気迫の投球を続ける石川さんの姿があった。

　「あきらめずに成し遂げることが大切。そのことを教えてくれた人が斎藤春香さんです」。石川さんは講演会に呼ばれる度に斎藤春香さんの話をする。

　「努力すれば夢はかなう」。五輪切符以上に大切なことを、斎藤春香さんから教わったからだ。

　青森県出身の斎藤春香さんの小学生時代の楽しみは、父とのキャッチボール。あこがれは巨人の王貞治さんで「テレビで見る一本足打法をまねてばかりだった」。後に左の強打者として世界に名をはせる下地は、幼少時すでにあった。

　中学でソフトを始めた。身長は入学時ですでに１７０センチ。恵まれた体格と雪かきで鍛えた腕力がバッティングの基礎となり、現役時代は誰もが認める「日本の長距離砲」となった。

　アトランタでは３打席連続本塁打を放つなどした。斎藤春香さんが所属する「日立ソフトウェア」の応援団広報部長、桐越信一さん（５２）は「自分の打撃理論にこだわるタイプ」と話す。「ちょっとでもバッティングスタイルが崩れると我慢ができなくなる。部屋で一心不乱に素振りをし、蛍光灯を割ったこともあった」。石川さんも「斎藤春香さんは探求心がすごくて黙々と研究し続ける。常人にはまねできない」と話す。

　まっすぐにソフトに打ち込む姿勢と選手としての実績、そして経験を元に確立した理論。北京を任されたのは当然だった。

　独身の斎藤春香さんは「縁があれば、結婚願望はあるが、今は金メダルが先」と、北京に乗り込んだ。

　「じょっぱり」。青森で信念を曲げない「頑固者」を意味するこの言葉は、そのまま斎藤春香さんを意味する言葉だ。

　２０日の３位決定戦。斎藤春香さんは連投となる上野由岐子投手（２６）に懸け、３００球を超えても交代させなかった。「上野と心中するつもりだった」

　桐越さんは、斎藤春香さんの監督ぶりを「選手を信頼して采配（さいはい）を振る。信念を持って突き進むタイプ」と話す。監督就任直後、桐越さんは斎藤春香さんから「敷居は高いが、選手たちに金メダルを取らせたい」と聞かされた。

　斎藤春香さんはその熱い思いを信頼する選手たちと、北京で最後となる五輪決勝戦にぶつけたのだった。